余市町・シリパ岬に沈む夕陽と、美しい絶景に秘められた伝説

小樽方面から車を走らせ余市町に入ると、海に大きく突き出したシリパ岬が見えてきます。
余市の町を見守るように、日本海へと伸びる大きな岬。
その先へ、ゆっくりと夕陽が沈んでいきます。
オレンジ色に染まる空、打ち寄せる波。
岬の向こうへ消えてゆく太陽を眺めながら、私はあまりの美しさに、しばらく動けなくなりました。
シリパ岬には、古くから伝わる物語も残されている場所。
今回は、実際にシリパ岬へ昇ったわけではありません。
しかし、岬が見渡せる海岸から眺めた、岬へ沈んでゆく夕陽の美しさは、今も強く心に残っています。
この記事では、そんなシリパ岬の美しい夕景と、そこに古くから残る物語をご紹介します。
目次
余市町のシンボル「シリパ岬」
シリパ岬ってどんな場所にあるの?

🔸所在地:北海道余市郡余市町梅川町
シリパ岬があるのは、北海道余市郡余市町の北端エリア。
日本海に面した余市湾の西側に向かって、グッと力強く突き出した位置に形成されています。
最大の特徴は、海からダイレクトに立ち上がる山の姿。
標高は約295.8m(約300m)あり、海に面した側は激しい波によって削られ、切り立った断崖絶壁となっています。
陸側から見ても海側から見ても、その険しくて荒々しい地形が特徴的な存在感を放っています。
「シリパ岬」
名前の由来
「シリパ」という独特な響きの名前は、アイヌの言葉に由来しています。
- シリ(sir) = 地、山、形
- パ(pa) = 頭、先端
つまり、アイヌ語で「山の頭」(または地の頭)という意味を持ちます。
海にドカンと頭を突き出しているかのような迫力ある姿から、古くよりその名で呼ばれてきました。
なぜ「余市町のランドマーク」と
呼ばれるのか?

シリパ岬が余市町のランドマークとして愛されているのには、いくつかの理由があります。
- 町内のどこからでも目立つ圧倒的な存在感: 余市町の市街地や海岸線、また近隣の峠道など、町内のさまざまな場所からその姿を見ることができます。
- 航海や漁の目印(航路標識)としての歴史: 昔から沖に出る漁師たちにとって、シリパ岬のシルエットは自分の船の位置を知る重要な目印でした。
- 夕陽が織りなす絶景スポット: 季節によってはシリパ岬の先端に夕陽が沈み、「サンセットダイアモンドヘッド」と呼ばれることも。オレンジ色に染まる海と断崖が幻想的な光景を作り出します。
シリパ岬は、歴史的、景観的にも、余市町を象徴する唯一無二の存在と言えます。
シリパ岬に沈む夕陽が
とにかく美しい


山の向こうへ夕日が沈むと、空が少しだけ青みがかり、岬がよりくっきりと輪郭を表します。
しかし、強く心に残っているのは、岬の姿だけではありません。
この場所に残されている「物語」を知っていたからなのです。
シリパ岬にはどんな
伝説が残っている?
シリパ岬には絶壁の下にあるとされる洞窟(アフンルパロ=あの世への入口)と言われる場所にまつわる、妻を亡くした若者(夫)の切なくも美しい伝説が残されています。

シリパ岬
地獄穴(オマンルパロ)の物語
昔、こあるコタン(集落)に、若くて美しい妻を亡くし、深い悲しみに暮れる若い漁師(若者)がいました。
ある日、若者がシリパ岬の沖合で漁をしていると、立ち入れるはずのない断崖絶壁の下で、一心不乱に海苔を採っている女性の姿を見つけました。

よく見ると、それは亡くなったはずの最愛の妻の姿でした。
驚いた夫が声をかけようと船を寄せると、妻は怯えたように崖にある大きな洞窟の中へと逃げ込んでしまいました。
妻が恋しくてたまらない夫は、夢中で妻のあとを追って、暗い洞窟の奥へと入っていきました。
すると、そこには不思議な集落が広がっており、そこでは亡くなった人々が穏やかに暮らしていました。

夫が妻を見つけ駆け寄ろうとしたその時、集落の長老である老人が立ちはだかり、こう言いました。

「ここはまだ、生きているお前が来るところではない。愛する妻に会いたい気持ちはわかるが、早く自分の世界へ帰りなさい」
夫は涙をのみ、背中を押されるようにして洞窟を抜け、もとの世界へと戻っていきました。
それ以来夫は毎日、洞窟の前を通っては「中に入れてくれ」と叫び続けましたが、二度と洞窟の穴は開くことはなく、やがて夫はやせ細り亡くなってしまいました。

夫が息を引き取った瞬間、洞窟の穴が開きました。
そして奥から微笑んだ妻が、夫を迎えに現れました。
それ以来、アイヌの人々はこの洞窟を「オマンルパロ(あの世への入り口)」と呼んで決して近づくことはなかったそうです。
筆者が考える
「生きてほしい」と願った妻の気持ち

本当はあなたのこと、あの世(ポクナモシㇼ)の入り口でずっと待っていました。
あの日、シリパの崖の下であなたと目が合ったとき、心から嬉しかった。
でも、同時にとても怖くなったのです。
だって、ここはまだあなたが足を踏み入れていい場所ではなかったから。
あなたが、洞窟の奥まで私を追いかけて来てくれたとき、私の心は引き裂かれそうでした。
今すぐその手を握りしめて、二度と離したくない。
けれど、現世で命の火を灯しているあなたを、死者の国に引き止めるわけにはいかなかったのです。
だから、長老に厳しい言葉であなたを追い返してもらったのです。
そしてそれは、私の願いでもあった。
あなたには、あちらの世界で、太陽の光を浴び、美味しい実りを食べ、コタン(集落)の仲間たちと笑い合って、与えられた命を最期まで全うして欲しかった。
私を失った悲しみに囚われることなく、前を向いて生きてほしかった。
それが、残されたあなたへの願いであり、愛でした。
あなたが毎日、洞窟の前で私の名を叫んでいた声は、ちゃんと私に届いていました。
その声は、胸を締め付けるほどに愛おしく、壊れそうなほど悲しかった。
そして、あなたがやせ細っていく姿を見るのは、本当につらい。
それでも、あなたが自分の力で生き抜くことを信じて、私はじっと耐えていました。
そして今。
あなたは、現世での旅路に終わりを迎えました。
もう寂しい思いをすることはありません。
さぁ、私の手を握って。
これからはこの穏やかな世界で、もう二度と離れることはありません。
ずっと一緒に暮らしましょう。
おかえりなさい、私の大切な人。
(※本文は筆者の創作です)
伝説を知ってから眺めるシリパ岬
ただ美しいと思って眺めていた岬にも、長い年月の物語が残されている。
そう知ってから見ると、同じ景色でも少し違って見えてきます。
積丹半島にはほかにもこんな伝説が残されています。
▶神威岬に伝わる「チャレンカ伝説」の詳しいお話はコチラ👇
▶島武意海岸・女郎子岩に伝わる「シララ伝説」の詳しいお話はコチラ👇
シリパ岬は登らなくても楽しめる?
シリパ岬は、登ることも可能ですが、夕陽を眺めてからの下山は危険を伴うので、夕陽を眺めるなら
岬が一望できる海岸線がおすすめです。

海岸から眺めるシリパ岬の
絶景ポイント
岬に沈んでゆく夕陽を眺める場合は、海岸線にある駐車帯をおすすめ!
国道5号線を余市方面に向かって走り、トンネルを抜けた右側にある海岸沿いが駐車帯になります。

夕陽が落ちる前はいつも数台の車が停まっています。長時間の停車は注意が必要。
こんな風に波の音を聴きながら、沈む夕陽が楽しめます♪
岬に登る場合は事前準備を!
シリパ山に登る場合は、余市町の市街地から車10分、余市神社の東側の一本道を走った先に登山者用の駐車場に車を停めます。
しかし、駐車台数が限られている&狭いのでぶつけられるリスクありとの情報が💦
登山道は余市神社の境内に入って上へ続く階段を登るとそのまま山道へと繋がるようですが、口コミを見ていると、初見だとかなりわかりずらいようです。
登山するなら知っておきたいこと
実際に登った経験はありませんが、登山について色々調べてまとめました。
まずは装備や登山時の注意👇
明治の文豪「幸田露伴」が
愛した夕景

余市地方の風光明媚な8つの場所を「余市八勝」とした、明治の文豪「幸田露伴」は、シリパ岬を知波歸帆(しりぱきはん)シリパ岬(尻場山)と、夕暮れ時に港へ戻る帆船を表す、景勝地の数え方のひとつとして表現しました。
幸田露伴(こうだろはん)とは?
明治から昭和初期にかけて活躍した、日本近代文学を代表する小説家。
幼少期から漢字や古典文学を親しむ少年でしたが、家計の困窮から16才で学費が必要ない逓信省の電信技手を育てる官立学校へ進学。
18才で北海道の余市電信分局に赴任後、2年間を過ごしたとされ、この頃に選んだ景勝地が「余市八勝」とされています。
▶参照元:余市町ホームページ
今も昔も、この場所の夕景を美しいと思うとなんだかとっても感慨深い気持ちになりました。
まとめ
余市の海に大きく突き出したシリパ岬。
その特徴的な姿は、いまも余市町を代表する景観のひとつとして親しまれています。
今回私たち家族はシリパ岬の登ったわけではありません。
それでも、海岸から眺めた岬と、その先にへとゆっくり沈んでゆく夕陽の美しさは、とても印象的に残りました。
そして、シリパ岬には古くから伝わる物語や、長い歴史があります。
ただ「夕陽がきれいな場所」として眺めるのも素敵ですが、その土地に残る物語を知ってから見る景色には、また違った魅力があるのかもしれません。
余市を訪れた際には、観光スポットを巡るだけでなく、少し足を止めてシリパ岬を眺めてはいかがでしょうか。
岬の向こうへ沈んでゆく夕陽。
ぜひ一度見て欲しい素敵な場所です。



